『田澤会通信』(日本青年館 田澤義鋪記念会 発行)で空林荘の映像と浴恩館のサイトをご紹介いただきました

3月26日発行の『田澤会通信』(一般財団法人日本青年館 田澤義鋪記念会 発行)第183号の表4面に、私がYouTubeで公開している空林荘の映像「ありし日の「空林荘」」と、浴恩館のサイト「小金井市文化財センター 浴恩館 デジタルアーカイブス」について、記事をご掲載いただきましたのでご紹介します。

「日本青年館」ってあのコンサートホールの?

そうです、あの神宮外苑にあるコンサートホールの日本青年館です。私も10代の頃、たびたびコンサートを観に行き、思い出の多いホールです。
ドリフターズの『8時だョ!全員集合』のTV公開放送も青年館の大ホールで行われていました。

実はその頃のホールは二代目で、今は三代目日本青年館が昨年8月1日にグランドオープンしたそうです。
『田澤会通信』は年1回発行なので、今号の1面はこのグランドオープンの記事で、「三代目日本青年館は地上16階地下2階、ホテルと会議室およびホールを備えた総合的な施設」と書かれており、とても素晴らしい施設のようです。行ってみたい…。

『田澤会通信』というのは何?

「青年団の父」と称される田澤義鋪先生を継承する記念会の会員向け機関紙で、同会員と財団の理事・評議員がご覧になるものだそうです。

「一般財団法人日本青年館」の公益事業の一つに「田澤義鋪記念会」が含まれ、よって「日本青年館 田澤義鋪記念会」が編集や発行を行なっています。

どうして小金井市の「空林荘」や「浴恩館」につながるの?

現在「小金井市文化財センター」のある「浴恩館」(小金井市緑町)は、元々は、昭和6年(1931年)に青年団指導者養成所(後に青年団講習所と改名)として「田澤義鋪」が開設した「日本青年館の別館」なのです。

『次郎物語』を書いた作家「下村湖人」は浴恩館の所長を勤め、講習期間中は「空林荘」に泊り込んで指導にあたったといわれています。

「下村湖人」と「田澤義鋪」は高校/大学の同窓(佐賀県鹿島市)で親友。浴恩館の所長に「下村湖人」を迎えたのが「田澤義鋪」という経緯。

つまり、「田澤義鋪」と「下村湖人」、「日本青年館」と「浴恩館」、というのは、歴史上、深いつながりがあるのです。

なお、「浴恩館」は昭和48年(1973年)に日本青年館から小金井市に売却され、平成5年(1993年)からは市の郷土資料を展示収蔵する「小金井市文化財センター」となっています。

どうして掲載されることになったの?

私がYouTubeで公開している空林荘の映像を、偶然、日本青年館の方がご覧になり、感激していただけたそうで、ご連絡を下さったのがきっかけです。
ご存じの通り、2013年2月に火事で焼失してしまいましたから…。

小金井市(KO-TO)まで一度ご足労もしていただき、記事にして下さいました。

「下村湖人」が「田澤義鋪」について書いた本もあるそうで…?

「下村湖人」が「田澤義鋪」の生涯を書いた『この人を見よ』という伝記があります。下記「田澤義鋪記念会」公式サイト内の中段からリンクからはそのマンガ版(絵本)が読めます。

冒頭、「下村湖人」についても登場します。
読みやすいので、ぜひ、ご覧になってみて下さい😊


【追記(2018/04/02)】日本青年館の方に教えていただきました。下村湖人著『次郎物語』の「第5部」が、まさしく浴恩館での講習所の経験をもとに書かれた、浴恩館との関わりが最も深い部分だそうです。浴恩館や青年館の関係を知る手がかりになるでしょう、とのこと。ぜひ、ご参考まで…✍️


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※文中、歴史上の人物として、一部敬称略。



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